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アナスタシアにおけるファラオの記述

大好きな「ロシアの響きわたる杉シリーズ・アナスタシア」。先日発売された最新刊7巻「生命のエネルギー」の発売を期に、シリーズ全巻を改めて読み直しているのですが、その中でちょっと自分の中で気になった点がありました。それは幾度となく出て来る「エジプトのファラオ」についての記述。

 

”エジプトのピラミッドに埋葬されているファラオたちもまた、深く思索する人々で、根源なるものの力を部分的に保持していた。
 
でも、ピラミッドの助けを借りて、疑問にたいする答えを得るためには、人々はピラミッドのところに、ひとりずつではなく、大勢で一度にやってこなければならなかった。
 
彼らはピラミッドの東西南北の四方に分かれてそれぞれ立ち、自分の視線と思いの焦点を、その斜めの斜面になぞるようにしてピラミッドの頂点にあてる。ピラミッドの頂点で、人々の視線と思いが一点に集まり、それによって、宇宙の知性とつながるチャンネルが形成された。”

p.280 響きわたるシベリア杉

 

 
 
シリーズ2巻「響きわたるシベリア杉」の中にあった、この”エジプトのピラミッドに埋葬されているファラオたちもまた、深く思索する人々で、根源なるものの力を部分的に保持していた。”という部分が、今回妙にひっかかってしまい‥。というのも、4巻ではこんな風に書かれていたからでした。

 

 

”「表面的な権力を執行する役割がファラオに委ねられていたの。でもファラオの主要な役割は、賢人たる統治者のイメージを体現することだった。重要な決断を下すのはファラオではなかった。ファラオたちが完全に権力を自分の手中に収めようと試みたとき、国は即座に低迷した。そもそも、ファラオは全員、神官たちにより王位に叙されていたの。幼少期からファラオも神官たちの下で形象学の取得を目指し、その初歩を習得できた者だけが後の王として指名された。
 
当時のエジプトの権力構造は、今日そのまま描くことができる。頂点に秘密の神官たちがあり、その下に教育や裁判を行う神官がいる。表向きには、神官たちのグループの代表者による会議が国を監督する役割を果たし、ファラオは彼らの法や指示に従って統治する。各地の共同体の統率者たちには少なからず執行権力があるとされ、独立していた。すべてがおおむね今と同じような構造だった。”

p.159-160 共同の創造’

 

”「イメージが、古代エジプトのすべてを動かしていた。神官たちも、ファラオたちも、イメージに服従していた。古代のイメージについての学問の中から、数人の神官による秘密の会議で、ファラオの公正な統治者のイメージを倣った。彼らにとってその当時に想像できるイメージを選んだ。振る舞いの仕方や外見の装飾、そしてファラオの生活様式まで、その秘密の会議で長い時間をかけて審議していた。その後、選ばれた神官の一人を、そのイメージとそっくりになるように教育した。できるだけ王族の中から選ぶ努力をしていたけれど、外見または性格において、王家の血筋でイメージに合う者がいない場合は、神官たちが全神官の中から1人を選び、その者をファラオとして示した。神官のファラオは必ず、人々の前では常に描かれたイメージと合致していなければならなかった、特に民の前に現れるときには。そのイメージに自分を重ね、理解した通りに行動した。民がイメージを信じるとき、そのイメージが大多数の者に好まれ、各自が意欲をもって彼に従うとき、国家は膨大な数の管理者、役人らの構造を作る必要などない。このような国は強国に成長し、繁栄する」”

p.160-161 共同の創造

 

そして6巻では、こんな風に書かれていました。

 

”歴史では、最高統治者はファラオと呼ばれていた。そしてファラオたちの戦いの功績や敗北について、多くのことが書き残されている。彼らの壮大な霊廟は今でも学者たちを驚愕させ、想像を掻き立ててなぞの解明へと学者たちを惹きつけている。そうしてピラミッドの壮大さに惹き付けられているうちに、私たちを主要な秘密から遠ざけているの。
 
ファラオは人々の統治者としてだけでなく、神として崇拝されていた。人々はその年の豊作や、雨が降り有害な風が吹かないようにといったお願いをファラオのもとに持ってきた。歴史は、ファラオたちのたくさんの行いの真実を語ることはできるけれど、それ以上のことは語らない。だから史実の多くを知った上で、自分に次のことを問いかけてみて。彼らの中に実際に巨大国家の統治者であり、人々の上に立つ神で有り得た人がいたのか?そして、事実と照らし合わせれば、ファラオは神官たちの手中にあるただのバイオロボットに過ぎなかったということが見えてくる。
 
ほら、これは歴史的事実としても知られている。
 
ファラオの時代には、荘厳な神殿があり、そして神官たちと最高神官が一人いた。彼らの管理のもとで、常に何人かのファラオの候補者たちが学んでいた。神官たちは植え付けたいことすべてを、幼い少年たちに吹き込んでいた。教え込んでいたことの中に、ファラオは神によって選ばれている、というものがあった。その際に、最高神官自身が秘密の神殿で神のことばを聞いたのだと話した。その後、神官たちが候補者の誰をファラオにするか決めていた。
 
そしてその日がきた。荘厳な玉座に、ファラオのシンボルを手にし、特別な衣装に身を包んだ新しいファラオが鎮座した。人々の前では、彼は全権を有する皇帝であり、神であった。でも、神官たちだけは、玉座に座っているのが、彼らのバイオロボットだということを知っていた。そして、彼の性格を子どもの頃から知り尽くし、彼がこれからどのように統治し、どのような贈り物を神官に捧げるかを正確に知っていた。
 
何人かのファラオが最高神官の配下から逃れようとしたことはあった。でも、いつも、どのファラオも自由にはなれなかったの。なぜなら、神官の力は、ファラオの衣装のように誰の目にも見えるものではなく、言葉による命令やあからさまな会話も必要としないから。そしてそれが統治者たちの上に一瞬も緩むことなくのしかかっているから。そうやって神官の力は、刷り込んだ偽りの世界秩序として、大多数の国民たちの中に蓄積する。刷り込まれたイメージから逃れ、ゆったりと思索に耽ることがファラオ自身にできたのなら、もしかすると彼は人間になれたのかもしれない。でもすべては最初から計算されていて、ファラオには日々のせわしさの枷から自由になることができなかった。
 
日々のせわしなさ!急使、書記官、各地域の総督たちが、広大な国の隅々から多量の情報を運んでくる。素早く決断を下さなければならない。それに戦争もあるから、頭がいっぱいになる。そしてファラオは馬車で駆けて国民を罰したり褒美を与えたりしていて十分に寝られないことも多々あった。その一方で神官は、ゆったりと思索に耽ることができ、そこに彼の優位性があった。”

p.203-205 一族の書

 

 

 
 
2巻でアナスタシアによって語られていたのは、「宇宙の知性」との繋がりが弱い人間が1万年前から増え出していたが、ファラオたちはその力を「ピラミッドを使って、宇宙の知性との繋がりを部分的に持っていた」と語っていました。しかし、4巻と6巻で語られていたファラオは、イメージの学問・形象学を学んだ秘密の神官たちによって幼少期から教育されたバイオロボットで、自ら思索する時間さえ与えらなかったと語られていました。
 
 
これらの記述を言葉のまま受け取ると、『ファラオは神官たちのバイオロボットだったけれど、「根源なるものの力」を部分的に保持していた』ということでしょうか‥?それともファラオではなく、『神官たちが「根源なるものの力」を部分的に保持していた』ということでしょうか‥?う〜む‥!と、私は思わず唸ってしまいました。
 
 
今回改めてシリーズを読み直してみて個人的に感じたことは、アナスタシアは既に自分が理解したことを少しずつウラジーミル氏に小出しにしている、というよりも、彼女自身が理解している内容は常に更新されていて、時間が経つにつれてより詳細な情報にアクセスできるようになったのかしら‥??ということ。そしてもうひとつは、彼女自身も繰り返し語っている通り、やっぱりアナスタシアも1人の人間である、ということ。私たちが忘れてしまったという類希な能力を持っていたり、膨大な量の宇宙の叡智にアクセスできたとしても、あくまでも彼女が語っている内容は1人の人の「認識」であるということ。彼女が描く美しい夢やイメージがもたらしてくれた恩恵は計り知れず、私にとってその価値が変わるわけではありませんが、アナスタシアが提供してくれた膨大な情報の中には、今の自分ではどうにも判断ができないまま、そのままスルーしている情報が実はとても沢山あった、ということに改めて気付かされました。
 
 
 
 

 

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